最終学歴変わると周りの評価は変わってくる?

自己紹介

こんばんは。

 

まるめがねです。

 

僕自身の経歴としては、普通科の高校を卒業後、地方の公立大学を卒業し、大学院は首都圏の国立大学を卒業しました。

 

就職先は、某大手企業の研究職です。

 

「企業の研究職になるくらいなのだから、昔から頭が良かったのではないの?」って思う方がいるかもしれませんが全くそうではありません。

 

高校の頃は全く勉強をせず、国公立の大学受験の前期試験を失敗し、後期試験でギリギリ合格しました。

 

また大学院の転入も試験自体は3カ月程度の対策を行えば、難関大学と呼ばれる国立大学も合格することは難しくはないのです。

 

そのため、多くの努力を行って勝ち取った立場ではないので、自分の知能に関してはそこまで自信がないです。

 

ただ、最終学歴が難関国立大学院を卒業し、大手企業の研究職となったため、今は周りから見られる評価は高くなりました。

 

その最終学歴の変化によって見られる周りの評価の違いを紹介できればなと思い、寄稿させて頂きました。

 

 

小学校~高校時代の評価

ぼくは、最初にも触れたように勉強をあまりやるタイプではありませんでした。

 

そのため親が僕の今後を心配し、塾に通うようになったのです。

 

小学校から中学校の頃まで塾に通っており、勉強する時間はほぼ塾の中だけでした。

 

塾で毎週2回3時間程度、勉強していたおかげか、地方の中学校ではクラスで130人中50~30位に位置していました。

 

そして、高校受験を迎え、市内で2、3番目の進学校の高校に進学する訳なのですが、高校の進学を機に塾を辞めるのです。

 

塾でしか勉強する習慣がなかった僕は、高校生になると勉強を全くしなくなり、クラスで30人中25前後になります。

 

全く勉強せず、テストであまり点が取れない僕は、親や周りから「劣等生」という評価を受けました。

 

そしていよいよ最後の年である三年生の6月から受験勉強を始めるのです。

 

それまで全く勉強をしてこなかったため、希望の大学には行けず、前期試験に落ち、ギリギリ後期試験に合格するのです。

 

ぼくには6つ上の兄貴がおり、その兄貴は関東の国立大学を卒業しました。

 

やはり親は、兄貴と僕を比較し、兄貴の大学よりランクが低い僕は「頭が良くない」というレッテルを貼るのです。

 

ぼくはそのことが悔しくて、大学生になったらちゃんと勉強しようと思いました。

 

 

大学時代の評価

大学生の1、2年はかなり勉強しました。

 

学科の順位でも、一桁代でありましたし、周りの同級生から「勉強を頑張っている子」という認識でした。

 

大学3年生あたりから、徐々に勉強のモチベーションが下がり始めたものの、他大学の院に行くという気持ちはあったため、TOEICの勉強と専門科目の数学を勉強します。

 

そして無事合格し、最終学歴を難関国立大学に変えることができたのです。

 

この時に、親の評価や中高とそこまで勉強していなかった僕を見ていた地元の友達は、徐々に「賢くなったのでは?」という評価に変わりました。

 

 

大学院と就職

そして、大学院に進学しましたが、僕はあまり大学院で研究を一生懸命に行いたいかというモチベーションではありませんでした。

 

どちらかと言うと、就職先を良くしたいという面の方が強かったです。

 

そのため、修士の研究に力が入らなかった僕は、研究室のメンバーや教授から「やる気がない学生」と思われていたと思います。

 

就職先はたまたま僕がやっていたことに興味を持ってくれた部長の方が声を掛けてくれて、運よく研究職という職業に就くことができたわけです。

 

就職先が運よく見つかり、それも大手企業であったため、親や地元の友人はびっくりしていたと思います。

 

あいつがあの企業で働くのか??と思う人はたくさんいたと思います。

 

現に、「お前はいつから頭がいいキャラになったんだ?」と直接言われたこともあります。

 

「僕自身は、別に何も変わっていないけれど、最終学歴と就職先が周りよりも良い方向になっただけ」としか思っていません。

 

ですが、そんなことを返すと愛想が悪いので「そんなことない」と茶を濁します。

 

大学院の研究生活は、素晴らしいとは言えませんでしたが、研究室外から見ると僕の研究生活がダメだったことを知らないので、やはり結果が出ると人の見方が変わるのだなと思いました。

 

 

おわりに

 

僕の経歴を振り返りながら、周りの評価の変化についてまとめてみました。

 

僕自身は、学歴が真に必要かと問われると、それが全てではないというのが意見です。

 

ただ、企業や周りの人はその学歴という指標を大変重要視する人が多いと思います。

 

大学生の頃に居酒屋で知らないおじさんに「あの大学に通っている学生はまともな奴がいなく、バカだ」と直接言われたこともありますし、

 

地元の企業に面接したときに、市内の一番の進学校の高校ではなかったため、「地頭が悪そう」という印象を面接官が受けたか、面接が圧迫でした。

 

人が何かを評価するときに、簡単な指標が「学歴」であり、その学歴を手に入れるために努力してきた人たちが人を評価する立場なのだから、人の様々な面を評価せずに「学歴」という物差しだけで良し悪しを判断する人が多いのは仕方がないのかなと思っています。

 

僕自身はこれからの社会は、会社に依存せずに個の力で稼ぐ時代が来るだろうと思っていますし、まさにいまYouTuberと呼ばれる人たちが自分の感性を動画で表現し、お金を稼いでいます。

 

学歴があるから人に評価されるのだという価値観をなくし、良いものを生み出せる力があるから、その人が素晴らしいのだという価値観を持つ人が多く生まれて欲しいなと思っています。

 

良いものを作り出す過程で、良いもののアイディアを生み出すために大学に行くというのが本来は自然な流れだと思っています。

 

学歴に縛られない生き方が今後のスタンダードになるかは分かりませんが、僕は人の評価に左右されず自分が納得する行動をとり、この社会を生きていきたいなと思っています。

 

 

最後になりますが、ご精読ありがとうございました。